衣服は軽い布が流行に
衣服は、軽い布でつくられることが多く、髪型もずっと単純になって、髪粉はなくなり、イギリス風の大きな暢子の下に、屑までほどいた巻髪をたらすようになります。
当時の、有名な女流肖像面家ヴィジェ"ルブラン夫人は、その『回想録』の中で、こういったモードをつくり出したのは、じぶんの功績であると言っています。
というのは、彼女は、一七八五年の展覧会のために、〈ぶどうをとり入れる女〉姿の、美しいグラモン"カドルス公爵夫人の肖糠棄描き、そのときに、スキンケア、脱毛、髪粉をつけていない夫人を描く許可を得たのでした。
「公爵夫人は、漆黒の髪をしていました。わたしは、その髪を分けて、額のうえに乱れたカールができるようにしました。ポーズをしたあと、夫人はそのまま劇場に行った。こういう美しい女性は、もちろん人々の手木になって、この流行が少しずつ、そしてやがてどっとひろまっていったのである」
というのです。こういった姿が流行した第一の理由は、当時の、趣味ぜんたいというものがそちらの方向に変っていたからです。