彼女自身の結婚
気になるのは、彼女自身は果たしてどのような結婚を選んでいるのかということでしょう。
しかし、高名なブライダルファッションデザイナーであり、日本で唯一の結婚の総合プロデューサーである彼女にとって、いったいどんな結婚ならよかったのであろうか。
ところが彼女は、自身の結婚について、そんな考え方をしたことはまったくありませんでした。
むしろ彼女は、持ち込まれる少なからぬ縁談のすべてが、彼女のビジネスパートナーにふさわしい男性を夫として想定していることに嫌悪をつのらせていました。
彼女は、自身の結婚についても妥協することを知りませんでした。
もちろん彼女には、理想の夫、理想の結婚生活のイメージがあった。
戦中派という世代の感覚も手伝って、要約するとそれは、武士の妻、軍人の妻のそれでした。
お帰りを三つ指ついて迎え、腰の刀、また軍刀をたもとにうやうやしく受け取るといったそんなイメージが彼女を魅了していたのです。
つまり、彼女の仕事とは別の男の仕事の世界で活躍する心から尊敬できる男性、尽くすに価する男性こそ憧れであったのだろう。
四十歳を幾つか越えたある日、持ち込まれた縁談にふと心ひかれました。
東大、大蔵省(元造幣局長)というエリートコースを歩んでいる人であるがまったく役人らしからぬ人ということで、「文学を愛し、美術を解し、観劇を趣味とする」ということでした。
そして会って、彼女は恋したのです。
まさに雷の一撃、電撃的な恋でした。
結婚式は、彼の演出とリードにまかせています。
新郎の挨拶で始まり新婦の挨拶で終わる型破りのものであったが、その内容の素晴しさは今も語り草になっているという。
役人を辞して第二の人生を自由業弁護士でと考えた夫は、六十歳で司法試験に合格、還暦合格者として話題になりました。
妻は妻で、結婚後事業の発展期を迎え、文字通り理想に向かって学び努力する若々しくも清々しい結婚生活が貫かれる。
軽井沢の別荘もゴルフの会員券もほとんど活用されずじまい。
わずかに仕事を兼ねての海外旅行が二人揃っての息抜きの場でした。