優雅な群舞
その夜、都心のホテルの広い宴会場で、日本ではめったに見られぬ光景が繰り広げられていました。
正面中央に大きなダンスフロアが設けられ、遠目にはほとんどお揃いのように見える臼のイブニングドレスを着た若い女性と、凛々しくタキシードを着こなした若い男性による優雅な群舞が進行していたのです。
ダンスフロアの周辺には、白いテーブルクロスに覆われた丸テーブルが幾つも花のように開き、彼らの両親、家族と思われる人々やひときわ華やかなスペシャルゲストが座についてにこやかに歓談していました。
ダンスフロアの男女は本当に若い、とくに女性は。
男性の側には、学生ばかりでなくぽつぽつと社会人が混じっているらしかった。
整然たる群舞が終了して曲がウィンナーワルツに変わります。
すると次には、カップルの一組ずつがフロアに登場し、それぞれフロア狭しとばかり、見事なワルツの技を披露しては消えました。
いったいこれは何だろう?お芝居のひと幕でもなく、社交ダンスのデモンストレーションでもないらしかった。
わからなくても無理のないことです。
それは、欧米の上流階級の習慣で、成人に達した子女が社交会にデビューする際の儀式"デビュタントボール"でした。
初めてこれを日本に導入したのがキャサリン・スペースコレクションです。
そしてまさしくその夜、第五回目の催しを記念して、欧米のデビュタントボールの内でももっとも有名な"ウィーンオペラボール"のスタイルが東京で再現されたのです。
その日のために、ウィーンオペラボールのダンス教師ルドルフ・ペシュケ氏が招かれ、東京のデビュタントたちのためにマナーとダンスの特訓を行いました。
当日選ばれたべストカップルには、二月のウィーンオペラボールに招待されるという名誉が与えられました。
デビュタントパーティーを日本に導入するに際して、やや唐突ではないかという懸念がないではなかった。
しかし、キャサリン・スペースコレクションには勝算があったのです。
一九八五年といえば、経済大国日本を背景に、人々の関心が文化的成熟や貴族的なライフスタイルに向かった時です。
同時に、市町村や区で行われる成人式の儀式やパーティーだけでは物足りないという若者の声も伝わっていました。
結婚式も成人式も同じく欠かせぬ通過儀礼です。
かくも深く結婚式にかかわってきた自分は、もうひとつのデビューの時、成人式にもかかわるべきではないかという思いもあった。
キャサリン・スペースコレクションの開くもうひとつの成人式。
振袖でなくて、白いドレスが主役になるもうひとつの成人式―。