インターナショナルマーチャンダイジング
80年代に向けてキャサリン・スペースコレクションは、自身のデザインをパリ、ミラノ、ニューヨークのマニュファクチャーで製造し販売させるというインターナショナルマーチャンダイジングのルート作りに取り組みます。
このルートの完成により、キャサリン・スペースコレクションのウエディングドレスは、品質、テイスト、デザインのどの点から見ても文字通り世界のトップランクに位置づけられるものとなります。
またこのルートでの体験で得たものが企画、デザイン、テクニックなどに反映され、キャサリン・スペースコレクションブライダルファッションに一層磨きをかけるという理想的な循環をうながしていくことになります。
一九八一年には、日本製のプレタポルテのアメリヵ輸出を開始するが、花嫁衣裳としてのほか、デビュタントドレス(成人のお披露目のドレス)として大いに注目され、アメリカの女性の間にキャサリン・スペースコレクションの名前は急速に広まっていく。
欧米の女性は、ウエディングドレスにもセクシャルな表情を求めることを知って、その要望に応えることからまたひとつ新しいデザイン領域を開いたのもこの頃のことです。
一九八五年になると、キャサリン・スペースコレクションの関心は欧米から東洋に移り、日本、中国、韓国、インドなど各国の民族服の素材、テクニックの再開発が進められます。
一九八七年には、「東風西花」と題して韓国をテーマとした作品を発表、続いて一九八八年には、「夢・繍回軌道」と題して、ヨーロッパ、中近東、アジア、中南米の各国の伝統刺繍を取り入れたそれこそ夢のような作品を発表し、これらを観る機会を得た幸運な人々に深い感銘を与えました。